福田アジオ・菅 豊・塚原伸治 著 『「二〇世紀民俗学」を乗り越える』書評記事「消えてよい学問か」(3月17日 読売新聞14面)
東京大学東洋文化研究所の紹介文を下記に掲載させて頂きます。
現代民俗学とは、「二〇世紀民俗学―これまでの民俗学」に、これまでなかった新しい学知を付加し、さらに、「二〇世紀民俗学」を乗り越え、新しい民俗学へと変革を目指す学問の流れである。ここでいう「二〇世紀民俗学」とは、二〇世紀に柳田国男たちによって始められた日本の土着文化の理解とその復興運動、そして、その学問化を進めた運動を指す。それは、ある時代の要請によって生成した「時代の産物」であり、当初は「野の学問」として出発し、百年近い時間の経過とともに体系化され、組織化され、そして制度化された。この「二〇世紀民俗学」の成立の最終段階で、大きな役割を果たした民俗学者の一人に、本書が主題化した福田アジオ氏がいる。
福田氏は、柳田の民俗学を批判的に継承した民俗学者である。福田氏は、まさに「二〇世紀民俗学」の申し子といっても過言ではない。いま現代において民俗学を標榜するのならば、私たちはこの「二〇世紀民俗学」からの飛躍を試みなければならないだろう。それは、福田氏、および同時代の人びとの学問を乗り越えることでもある。
しかしながら、その乗り越え、あるいはそこからの飛躍は、これまで自らが意識せずに、自覚せずに依って立ってきた、寄りかかってきた「二〇世紀民俗学」の根本―目的、方法、対象―を更改しなければならない作業であり、ことによってはそれを捨て去らなければならないほどの困難な作業である。そして、「二〇世紀民俗学」を捨て去ったときに、新しい民俗学が再生されるとは限らないのである。
本書は、二〇一〇年七月三一日に東京大学東洋文化研究所で開催された東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける「民俗学」の方法的課題」・現代民俗学会・女性民俗研究会が共催したシンポジウム「《討論》福田アジオを乗り越える―私たちは『二〇世紀民俗学』から飛躍できるのか?―」で取り交わされた、福田氏との熱論の記録である。本書が、「『二〇世紀民俗学』を意識的に継承する」という方向性と、「『二〇世紀民俗学』を捨てて新しい民俗学を構築する」という方向性との相克や軋轢を顕在化させることにより、今後の民俗学を転換する起点を生み出す一助となれば幸いである。 とりあえず今の民俗学の中で一番とがった部分(?)というかもっともおもしろいところではないででしょうか。
3/20/2013
8/20/2012
通過儀礼
フランスの民俗学者のファン・ヘネップの『通過儀礼』が岩波の文庫として発売になった??のかはわかりませんが、文庫ということで安価で手に入るようになりました。
この本は民俗学、人類学、宗教学などなど人文系学問に大きな影響を与えた文献と言えると思います。儀礼を初めて体系的に論じ、誕生から死までの折々の儀礼、入会の儀礼などを、分離・過渡・統合の過程をたどる通過儀礼の視点で捉えた。特に過渡期という境界状況の考察は、コミュニタス理論など後の人類学の理論的展開の基盤となった。
最近では、評論家の島田裕巳先生がAKBの誰かの記事を書いたことが話題になったときにおそらく議論の中心の概念となったテキストだと思います。
私は早速購入しました…
この本は民俗学、人類学、宗教学などなど人文系学問に大きな影響を与えた文献と言えると思います。儀礼を初めて体系的に論じ、誕生から死までの折々の儀礼、入会の儀礼などを、分離・過渡・統合の過程をたどる通過儀礼の視点で捉えた。特に過渡期という境界状況の考察は、コミュニタス理論など後の人類学の理論的展開の基盤となった。
最近では、評論家の島田裕巳先生がAKBの誰かの記事を書いたことが話題になったときにおそらく議論の中心の概念となったテキストだと思います。
私は早速購入しました…
4/06/2012
震災後の死生観語り合う
西日本新聞のHPに興味深い記事がありました。すでに終わったシンポジウムなんですが、下記に転載させて頂きます。
このシンポジウムは西日本宗教学会が開催したもののようで、討論者のメンバーが有名人ばかりです。情報をもっと早くにしいれていたら参加したのにな~~
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「死者のフォークロア」と題したシンポジウムが31日、福岡市城南区の福岡大であった。東日本大震災を経た日本人の死生観について、人類学や民俗学、宗教学の専門家が語り合う形で「価値観の多様化がより鮮明になってきた」などとする意見をまとめた。
シンポジウムは同大と西日本宗教学会の共催。元日本文化人類学会会長の波平恵美子氏が、大震災で行方不明になった家族を現在も捜し続ける遺体へのこだわりは日本人の特徴と紹介。一方、火葬場のお骨を「宅配便で自宅に送ってほしい」と、死者にこだわらない人たちが増えてきたことにも触れた。
国際日本文化研究センターの小松和彦教授(民俗学)は、日本人が遺体や位牌(いはい)などを重視するのは、死者とともにあろうとすることの表れと分析。波平氏は「その関係が弱まれば、人間に救いようのない虚無感だけが広がる」と指摘した。
そうならないために、九州大の関一敏教授(宗教学)は「伝統だけにとらわれず、死者との関係を救済する『何か』を作っていかなければならない」などと語った。
10/13/2009
民俗学のおすすめ文献
本頁で捉える民俗学とは、「人々の生きる姿の中から実践的に立ち上がってきた学問」だと思う。
社会科学の研究領域に散在する「欠片」すくい取り、日本人の本質・原点を追い求めてきた実践の積み重ねは、数多くの蓄積を残し、概念を創出してきた。
「民俗」への方法論の模索、実践に立ち現れる権威の創出、地域・周辺世界への眼差しが強化するナショナリズムという矛盾…は、民俗学が大きなパラダイムの転換期に差し掛かっていることを示している。
民俗学という実践に立ち入るために、我々は「民俗」をどこに求めればいいのだろうか、「世界」に対してどのように接していけばいいのだろうか、そして我々はそこから何を学べるのだろうか。
最近では数多くの民俗学者の仕事があるが、選びきれる訳ではない。そのため初心者向けを記載する。
それと合わせて柳田國男先生は必ず押さえなければならない。
1・柳田國男 1997『柳田国男全集 第21巻』筑摩書房(海上の道1961)
2・宮本常一 1971『忘れられた日本人』未來社
3・宮田登 1993『江戸のはやり神』ちくま学芸文庫
4・福田アジオ 1997『番と衆:日本社会の東と西』吉川弘文館
5・梅屋潔、浦野茂、中西裕二 2001『憑依と呪いのエスノグラフィー』岩田書院
6・大月隆寛 1992『民俗学という不幸』青弓社
7・岩竹美加子 1996『民俗学の政治性:アメリカ民俗学一〇〇年目の省察から』未来社
8・菊地暁 2001『柳田国男と民俗学の近代:奥能登のアエノコトの二十世紀』吉川弘文館
9・小松和彦、関一敏編 2002『新しい民俗学へ:野の学問のためのレッスン26』せりか書房
10・上野和夫[ほか]編 1987『民俗調査ハンドブック』吉川弘文館
社会科学の研究領域に散在する「欠片」すくい取り、日本人の本質・原点を追い求めてきた実践の積み重ねは、数多くの蓄積を残し、概念を創出してきた。
「民俗」への方法論の模索、実践に立ち現れる権威の創出、地域・周辺世界への眼差しが強化するナショナリズムという矛盾…は、民俗学が大きなパラダイムの転換期に差し掛かっていることを示している。
民俗学という実践に立ち入るために、我々は「民俗」をどこに求めればいいのだろうか、「世界」に対してどのように接していけばいいのだろうか、そして我々はそこから何を学べるのだろうか。
最近では数多くの民俗学者の仕事があるが、選びきれる訳ではない。そのため初心者向けを記載する。
それと合わせて柳田國男先生は必ず押さえなければならない。
1・柳田國男 1997『柳田国男全集 第21巻』筑摩書房(海上の道1961)
2・宮本常一 1971『忘れられた日本人』未來社
3・宮田登 1993『江戸のはやり神』ちくま学芸文庫
4・福田アジオ 1997『番と衆:日本社会の東と西』吉川弘文館
5・梅屋潔、浦野茂、中西裕二 2001『憑依と呪いのエスノグラフィー』岩田書院
6・大月隆寛 1992『民俗学という不幸』青弓社
7・岩竹美加子 1996『民俗学の政治性:アメリカ民俗学一〇〇年目の省察から』未来社
8・菊地暁 2001『柳田国男と民俗学の近代:奥能登のアエノコトの二十世紀』吉川弘文館
9・小松和彦、関一敏編 2002『新しい民俗学へ:野の学問のためのレッスン26』せりか書房
10・上野和夫[ほか]編 1987『民俗調査ハンドブック』吉川弘文館
10/10/2009
地方学(じかたがく)Ruriology(ルリオロジー)
地方学は新渡戸稲造が発案した学問です。ずっと柳田國男だと思っていたんですけど、新渡戸稲造でした。
ruris(田舎)とlogos(学問)の造語です。
農業本論の地方研究、柳田国男と郷土会(メンバーは当時の研究者で、発表も旅行記などが多数。ただ現在の民俗学会の基礎となったとかならないとか…:地方・民家・村落形態・地割・俚歌童謡の調査研究)
「一村一郷の事を細密に学術的に研究して行かば国家社会の事は自然と分かる道理である。」明治40年の第二回報徳例会の講演で「地方の研究」について述べています。
現在では、農業に限らずローカルな視点での足下研究のような意味合いも感じます。
自然環境の中での人間の立場は、人間は自然にどう働きかけているのか西欧郷土論を日本に紹介したのは、「地理学」の学者たちで、当時の人々に啓蒙的な役割をはたしていた内村鑑三でした。
内村鑑三は明治27年(1894)に『地人論』を著し、「郷土と政治は、地理学を出発点にして語られなければならない」と述べています。
これは同じ札幌農学校の新渡戸稲造、柳田国男らに影響をあたえました。
このようなこともあり新渡戸稲造や柳田國男などは地方学の必要性を説いています。
案外自分自身の実家の周辺のことなどは知らないことが多いので、このような地方学(ローカル)。海外など(グローバル)な視点の対比というのが重要なんだろうな。と最近思ってます…
ruris(田舎)とlogos(学問)の造語です。
農業本論の地方研究、柳田国男と郷土会(メンバーは当時の研究者で、発表も旅行記などが多数。ただ現在の民俗学会の基礎となったとかならないとか…:地方・民家・村落形態・地割・俚歌童謡の調査研究)
「一村一郷の事を細密に学術的に研究して行かば国家社会の事は自然と分かる道理である。」明治40年の第二回報徳例会の講演で「地方の研究」について述べています。
現在では、農業に限らずローカルな視点での足下研究のような意味合いも感じます。
自然環境の中での人間の立場は、人間は自然にどう働きかけているのか西欧郷土論を日本に紹介したのは、「地理学」の学者たちで、当時の人々に啓蒙的な役割をはたしていた内村鑑三でした。
内村鑑三は明治27年(1894)に『地人論』を著し、「郷土と政治は、地理学を出発点にして語られなければならない」と述べています。
これは同じ札幌農学校の新渡戸稲造、柳田国男らに影響をあたえました。
このようなこともあり新渡戸稲造や柳田國男などは地方学の必要性を説いています。
案外自分自身の実家の周辺のことなどは知らないことが多いので、このような地方学(ローカル)。海外など(グローバル)な視点の対比というのが重要なんだろうな。と最近思ってます…
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