吉田禎吾・板橋作美・浜本満
1991『レヴィ=ストロース』、清水書院。
ふと古本屋で手にした本です。
レヴィ=ストロースが亡くなった時に少し書きましたけど、何となくレヴィ=ストロースの構造主義というか、理論が難しくて、最近離れていました。
吉田先生は人類学の世界では超有名ですが、私はあまり好きではないのですが、浜本満先生の論説は好きなのでついつい買ってしまいました。
内容はそれぞれの三氏が「親族の基本構造」、「神話」、「野生の思考」についてレヴィ=ストロースの解説をしています。
結構わかりやすい本だと思います。人類学の入門書とでも言いましょうか…
違うと言われるかもしれませんが…
以下は紹介文です。
現代フランスの運だ最も偉大な学者の一人であるレヴィ=ストロースは、文化人類学者という名称では包みきれない、幅の広い、きわめて独創的な学者である。<中略>本書では、レヴィ=ストロースの人間像にもふれつつ、構造主義とは何であるか、そしてそれはいったい現代の文明にどのようにかかわりがあるのかについて、平易に解説した。
レヴィ=ストロースを批判する人類学者も沢山いるとは思いますけど、レヴィ=ストロースを知らないというのは許されないと思いますので…
4/29/2010
4/28/2010
4/24/2010
天理教学研究
天理教学研究という雑誌があります。
名前の通り天理教の教学雑誌です。
天理大学の宗教学科研究室が出している紀要みたいです。
この雑誌の中で気になった論文がいくつかあったので、いろいろと調べてみると全くと言って良いほど流通していませんでした。
一研究室の紀要とはいえ、ここまで流通してないものかと…
図書館を通してお取り寄せをすると費用もかかるし…どうしようかと検討中
いろいろと調べると古い世代では結構有名な方が書かれていたりするみたいです。
ま~紀要ってなかなか手に入らないもの。というイメージがありますから、そんなもんなんでしょうか。
名前の通り天理教の教学雑誌です。
天理大学の宗教学科研究室が出している紀要みたいです。
この雑誌の中で気になった論文がいくつかあったので、いろいろと調べてみると全くと言って良いほど流通していませんでした。
一研究室の紀要とはいえ、ここまで流通してないものかと…
図書館を通してお取り寄せをすると費用もかかるし…どうしようかと検討中
いろいろと調べると古い世代では結構有名な方が書かれていたりするみたいです。
ま~紀要ってなかなか手に入らないもの。というイメージがありますから、そんなもんなんでしょうか。
ラベル:
天理教学研究、天理大学、宗教学科
4/22/2010
divine revelation
以前託宣のことを書いたので、英語ではなんていうのか興味があり、調べて見ました。以下の通り。
・託宣
divine revelation
oracle
・神の託宣
message
あるところから引っ張ってきました。
似たような意味の言葉は英語にはあるみたいなんで、そのままって感じでしょうか。
ただ託宣というか、キリスト教やイスラム教にはすでに預言者は出現しないでしょうから、このような語自体は認めてくれないかもしれないですね。
ムハンマドは最後の預言者ですし…
・託宣
divine revelation
oracle
・神の託宣
message
あるところから引っ張ってきました。
似たような意味の言葉は英語にはあるみたいなんで、そのままって感じでしょうか。
ただ託宣というか、キリスト教やイスラム教にはすでに預言者は出現しないでしょうから、このような語自体は認めてくれないかもしれないですね。
ムハンマドは最後の預言者ですし…
3/13/2010
託宣
託宣(たくせん)
最近、興味が沸いてきたので来たのでちょっと調べてみました。以下は民俗学事典に記載されています。
神が人の口をかりて言葉を発すること。その神の威霊を信ずるものは心を傾けてその言葉を聞くという現象は古来至る所に起こったのであるが、一方人間の側で種々の困難に遭遇して判断に迷い、神の意志を問うて見ようとして、特定の者をよりましとしてこれを神がかり状態になるように仕向けてその発する言葉を神意として聞くことも尊ばれた。その定期的なものは農耕や漁猟などの結果を予測しようとしておこなう場合が多く、卜占と動機が似ている。託宣に際してこれを人間に解る表現として言い直す役割(古典で審神者(さにむ))と、箏などを弾じて神がかりを起り易くさせる役割とは別人によっておこなわれることがあり、それらも大いに重視されている。
とありました。
以外だったのは卜占と共通するという点ですね。
それに託宣が予言(?)のように扱われてきた歴史もあるようですし…
確かに託宣の事例は近代の時点ではなくなってるみたいですけど、シャーマン、ユタ、宗教的職能者などなど類似した事例は数多く存在するわけですし、現代でもあるっちゃ、ある。みたいな位置なのかと思いました。
農耕の託宣で悪い情報が得られると人々は消費を抑えて、貯蓄をしたりしてたんでしょうか??
最近、興味が沸いてきたので来たのでちょっと調べてみました。以下は民俗学事典に記載されています。
神が人の口をかりて言葉を発すること。その神の威霊を信ずるものは心を傾けてその言葉を聞くという現象は古来至る所に起こったのであるが、一方人間の側で種々の困難に遭遇して判断に迷い、神の意志を問うて見ようとして、特定の者をよりましとしてこれを神がかり状態になるように仕向けてその発する言葉を神意として聞くことも尊ばれた。その定期的なものは農耕や漁猟などの結果を予測しようとしておこなう場合が多く、卜占と動機が似ている。託宣に際してこれを人間に解る表現として言い直す役割(古典で審神者(さにむ))と、箏などを弾じて神がかりを起り易くさせる役割とは別人によっておこなわれることがあり、それらも大いに重視されている。
とありました。
以外だったのは卜占と共通するという点ですね。
それに託宣が予言(?)のように扱われてきた歴史もあるようですし…
確かに託宣の事例は近代の時点ではなくなってるみたいですけど、シャーマン、ユタ、宗教的職能者などなど類似した事例は数多く存在するわけですし、現代でもあるっちゃ、ある。みたいな位置なのかと思いました。
農耕の託宣で悪い情報が得られると人々は消費を抑えて、貯蓄をしたりしてたんでしょうか??
ラベル:
民俗学、卜占、柳田國男、託宣
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