seesaa

3/25/2013

村井吉敬氏死去 東南アジアの開発・環境問題を研究

村井吉敬氏(早稲田大アジア研究機構教授)が23日死去。
69歳。通夜は近親者のみで行う。喪主は妻で大阪経法大アジア太平洋研究センター所長の内海愛子さん。
 インドネシアを中心に東南アジアの開発や環境問題を研究し、エビと日本人 (岩波新書) などの著書がある。 


という記事を見て驚きました。エビと日本人 (岩波新書) など名著を残した研究者です。
東南アジアの島嶼部がご専門という印象ですが、開発学、環境社会学という分野でも多くの功績を残した方だと思います。

3/20/2013

「二〇世紀民俗学」を乗り越える

福田アジオ・菅 豊・塚原伸治 著 『「二〇世紀民俗学」を乗り越える』書評記事「消えてよい学問か」(3月17日 読売新聞14面)

東京大学東洋文化研究所の紹介文を下記に掲載させて頂きます。

現代民俗学とは、「二〇世紀民俗学―これまでの民俗学」に、これまでなかった新しい学知を付加し、さらに、「二〇世紀民俗学」を乗り越え、新しい民俗学へと変革を目指す学問の流れである。ここでいう「二〇世紀民俗学」とは、二〇世紀に柳田国男たちによって始められた日本の土着文化の理解とその復興運動、そして、その学問化を進めた運動を指す。それは、ある時代の要請によって生成した「時代の産物」であり、当初は「野の学問」として出発し、百年近い時間の経過とともに体系化され、組織化され、そして制度化された。この「二〇世紀民俗学」の成立の最終段階で、大きな役割を果たした民俗学者の一人に、本書が主題化した福田アジオ氏がいる。
  福田氏は、柳田の民俗学を批判的に継承した民俗学者である。福田氏は、まさに「二〇世紀民俗学」の申し子といっても過言ではない。いま現代において民俗学を標榜するのならば、私たちはこの「二〇世紀民俗学」からの飛躍を試みなければならないだろう。それは、福田氏、および同時代の人びとの学問を乗り越えることでもある。
  しかしながら、その乗り越え、あるいはそこからの飛躍は、これまで自らが意識せずに、自覚せずに依って立ってきた、寄りかかってきた「二〇世紀民俗学」の根本―目的、方法、対象―を更改しなければならない作業であり、ことによってはそれを捨て去らなければならないほどの困難な作業である。そして、「二〇世紀民俗学」を捨て去ったときに、新しい民俗学が再生されるとは限らないのである。
  本書は、二〇一〇年七月三一日に東京大学東洋文化研究所で開催された東京大学東洋文化研究所班研究「東アジアにおける「民俗学」の方法的課題」・現代民俗学会・女性民俗研究会が共催したシンポジウム「《討論》福田アジオを乗り越える―私たちは『二〇世紀民俗学』から飛躍できるのか?―」で取り交わされた、福田氏との熱論の記録である。本書が、「『二〇世紀民俗学』を意識的に継承する」という方向性と、「『二〇世紀民俗学』を捨てて新しい民俗学を構築する」という方向性との相克や軋轢を顕在化させることにより、今後の民俗学を転換する起点を生み出す一助となれば幸いである。 とりあえず今の民俗学の中で一番とがった部分(?)というかもっともおもしろいところではないででしょうか。


3/15/2013

神は人間の弱さの産物


CNNで興味深い記事を見つけましたので、掲載しました。
それにしても科学者らしい論説だとあらためて思いました。
科学的に実証できないことは認めない。というスタンスでしょうか。
これも一つの宗教に対する見解でしょうから、良いのですが、アインシュタインが言うと説得力があるように思える…
それよりもイーベーのオークション開始価格が300万ドルというのは高すぎると思うのは私だけでしょうか。


「神とは人間の弱さの表れにすぎない」――。物理学者アルバート・アインシュタインのそんな宗教観を記した直筆の手紙が、8日からインターネットオークションサイトの米イーベイで競売にかけられる。
手紙はアインシュタインが死去する1年前の1954年、ユダヤ人哲学者エリック・グートキンドの著書に対する反論として、ドイツ語で書かれた。この中でアインシュタインは「私とって神という単語は、人間の弱さの表現と産物以外の何物でもない。聖書は尊敬すべきコレクションだが、やはり原始的な伝説にすぎない」と記している。
自分たちを選ばれた民とするユダヤ教の選民思想にも反論し、「ユダヤ教は、ほかのすべての宗教と同様に、最も子どもじみた迷信を体現したものだ。私もユダヤ人の1人であり、その精神には深い親近感を覚えるが、ユダヤ人はほかの全ての人々と本質的に異なるところはない。私の経験した限り、ほかの人間より優れているということもなく、『選ばれた』側面は見当たらない」とした。

この書簡は2008年5月に英ロンドンでオークションにかけられ、米紙ニューヨークタイムズによれば、科学と宗教をめぐる論争に火をつけた。この時の落札価格は40万4000ドル(約3200万円)だったが、今回のイーベイのオークションの開始価格は300万ドル(約2億3500万円)に設定されている。

3/12/2013

文化人類学者の山口昌男さん死去

山口昌男氏が亡くなったという記事を見つけ驚いてしまいました。

「中心と周縁」「トリックスター(いたずら者)」などの文化理論で思想界に大きな影響を与えた文化人類学者で文化功労者の山口昌男氏が、10日2時24分、肺炎のため東京都内の病院で死去した。81歳だった。

 北海道生まれ。東京大国史学科卒業後、東京都立大大学院で文化人類学を学ぶ。東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所長、札幌大学学長などを歴 任。日本民族学会会長も務め、欧米の大学でも教えるなど国際的に活躍した。著書は大佛次郎賞を受けた「『敗者』の精神史」や「道化の民俗学 (岩波現代文庫) 」「文化と両義性 (岩波現代文庫) 」など名著を多数残されてます。


3/06/2013

宗教という技法

宗教という技法―物語論的アプローチ
竹沢尚一郎
1992、勁草書房

やっと入手することができた書籍です。竹沢氏なので間違いないと思ってたんですけど、やっぱりよかった。


行為と語り。この二つが宗教を構成する重要なファクターであること。著者はこの著作の前に「象徴と権力」という名著を出している。この著作が行為の側面から宗教を分析したのに対して、この「宗教という技法」では語りの側面から宗教を分析している。
まず社会的経験としての物語からレヴィ=ストロースの神話論を概観し、日本神話への適応を試みている。
それから宗教人類学の視点から古代天皇制へとすすみ、生業の宗教から憑依の宗教へと議論を展開している。
最近では神話研究はあまり宗教学の分野では見られないが、やはり神話は避けては通れない主題の一つである。
そのように考えるとこの著書は自分自身のフィールドへの引きつける方法論なども参考になる良い文献だと思います。